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2008年01月03日

日本人と宗教

今は正月なので、正月らしい話題を少々。

多くの日本人に対して、「信じている宗教はありますか?」と問うと半数以上の人が無宗教と答える、という統計が出ている。(正確な数字は失念)
それでも、多くの日本人は正月に神社仏閣に初詣に行き、神札・御守を当然のように受ける。本人にとっては、無意識だけれどもこれは立派な宗教行為である。場合によっては祈祷なども受けるかもしれない。そうなると本人は若干は宗教行為であることを意識するようになる、というのが一般論ではないだろうか。このような態度に対して、敬虔な信者はけしからんと眉をしかめる。しかし、これは今に始まったことではない。

明治維新から暫くの後、敬神愛国、天理人道、皇上奉戴を3つを柱(3条教則)にした大教院と呼ばれる教育機関が教部省(現、文部科学省)に設けられる。ここでは全ての神職と僧侶が教導職という役職に国から任用された。そしてこの国家による教育が始まるのだが、数年後に神道側と仏教側の思想の相違が不満の原因となり3年で大教院は解体される。尚、教育は宗教教育ではなく、国民道徳の向上を狙っていたものであると申し添えしておく。

このように、国家による信仰や思想など微妙なもの教育は大変難しい。これは国家に限らず、伝統宗教団体も教化で同じような問題を抱えている。
佐野が思うに、日本人は強い関係ではなく、ゆるやかな関係を心地よいと思う民族性が原因ではないだろうか。「以心伝心」という日本語にも日本人の民族性が現れているように思う。

そんなことを初詣で篝火に当たり、破邪の色である緋の袴に身を包んだ巫女や神職の方が参拝者に授与している姿を見ながら考えた。

投稿者 佐野 : 2008年01月03日 21:19

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